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はじめまして

 投稿者:多田隆一  投稿日:2009年10月 5日(月)01時09分1秒
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  多田隆一・52歳です。土浦に来て6年になります。以下自己紹介します。(長文お許しください)

今日初めて「つち混」にお邪魔させていただきました。妙齢の女性が少なかった(!?)のはチト残念でしたが(失礼)、私が学生時代に通っていた北声会合唱団と似た雰囲気で、楽しい時を過ごさせていただきました。
先月、私が学生時代に指揮を指導してくださった中村伸一郎先生が急逝され、ご葬儀に列席させていただきました。先生は岩手の音楽界では著名なお方で、2000人ほどの方が葬儀にいらしていました。その後のご法事で、奥様のリクエストで、われらOBとともに多田武彦の「雨」のソロを私がとったのですが、私のできが悪くて、申し訳ないことをしてしまいました。
年とって声も出なくなっていますが、歌(体)を取り戻さなければならないと思っていたところに、土浦の広報かなんかに活動団体の一覧みたいのがでていて、「つち混」をみつけました。一度覗いてみようかな、というのがきっかけです。つくばフィルも考えにありましたが、年間かけて同じ曲をやりつづけるのも退屈だなーと思っていました。今日参加させていただいて、気楽にやれそうだなと思い、入団することに決めました。
以下、私の大学時代の自慢話やら、アホ話。(なお、今はフツーのサラリーマンです)

(1) とにかくいろんな音楽関係団体に顔を出してました。
合唱では岩手大学合唱団をベースに、
盛岡コメット合唱団(http://www.net-search.co.jp/gasyou/comet/)
北声会合唱団(http://www.net-search.co.jp/gasyou/hokuseikai/)
に所属。
指揮では、岩手大学合唱団のほかに、某ママさんコーラス(名前忘れた!)、宮古少年少女合唱隊。合唱以外では、盛岡商業高校吹奏楽部(臨時)、紫波高校吹奏楽部の指導なんかをやっていて、学業すっぽかし。でも、おかげでいろんな人に会え、初演などもさせていただきました。高田三郎さん、石井歓さん、前田幸一郎さん、増田順平さん、福永陽一郎さん、小林研一郎さん...などなど。

(2) 朝日コンクール大学の部金賞をいただきました。
私が大学1年生のときには、岩手大学合唱団は、かつて東北大会を突破することができませんでした。面白くないですよねー。私たちの学年は、合唱経験者はほとんどいませんでした。でも、面白くないものは面白くない。まず「メンタル」なんて言ってないで「技術」を磨け!と強烈にハッパをかけました。私も声楽の経験は大学に入るまではなかったので、必死に個人練習をしました。みんなのベクトルがそろったせいか、2年生のときに初めて東北大会を突破しました。全国大会に出てからは、毎年頂上を目指す一途でした。私が5年生のとき、やっと念願の一位金賞を得ることができました。
そのときの指導・指揮者の千葉了道先生(合唱連盟の東北支部長をずっとやっていらっしゃいました)はその後大学定年退任され、いま岩大合唱団の指導に当たっているのは佐々木正利氏(バッハやってる人ならばご存知でしょう)です。指導者交代をもって岩大合唱団はコンクールから手を引きました。

(3) 私のバッハ
私が高校生のとき、大学に行ったらバッハをやる。とりわけマタイ受難曲をやる。と想っていました。もちろんピアノ伴奏のものではつまりません。合唱は音楽の一つのパートだといつも思っていましたから。
いろいろな経緯があったのですが、私が指揮者になったとき、マタイを考えました。でも定期演奏会のシーズンはクリスマスシーズン。受難曲をやるべき時ではないと判断しました。ロ短調ミサを考えたんですが、定演は私ひとりのステージではないので、長大に過ぎました(マタイも同じ)。選んだのはマニフィカトでした。もちろんオケ付きでやる。
非難轟々でした。岩大合唱団はオケでやるなんて過去に例がありませんでした。オケはどうする?費用は?...総会で散々叩かれました。
でもやる。やらなきゃ。強力に後押ししてくれる仲間がいました。佐藤紳司というステージマネージャです。(彼はその後、イエローキャブの野田氏の後をついで同社長になり、今は映画のプロデューサをやっています。) 彼は、金とか何とかはどうにかするから思ったことをやれと励ましてくれました。私も岩大オケ、吹奏楽部、岩医大のオケとか(彼らも定演があるわけです)に協力を求め、東京芸大のつてをつたっエキストラを呼び、体制ができると思ったところで合唱団の皆に理解を求めました。
てなところで、どうにか進み始めました。むしろオケの連中やらが乗り気になって、予定以上の人数になり、これじゃバッハでなくてブラームスになっちゃいそう...でした。そして、岩大合唱団初めてのフルオーケストラ(稚拙ではありましたが)による定期演奏会が実現しました。
マニフィカトの練習始め。フーガのSicut locutus est ad patres nostrosから始めたのですが、そのときの感動を今も忘れられません。始めなので、音程も表現もなっちゃなかった。でも指揮しながら泣いちゃいました。

(4) 岩手大学音楽連合〜むちゃくちゃな企画〜
夏の演奏旅行とか定期演奏会のポピュラー音楽のステージなんかでは、いろいろと編曲してやっていましたが、私が5年生のとき、岩大音連の合同コンサートで、無茶かもしれないけど全員ステージ上げて何かやろうか..てな話しになって行き、これは若さ上のムボーなんだからやっちゃえ。てなことになり、私が編曲・指揮することになりました。
岩大音連は、以下の団体からなります。オーケストラ部、吹奏楽部、ギター・マンドリン部、三曲部(琴、三味線、尺八)、合唱団
どうみても無茶苦茶です。全部で300人弱をいっせいに乗せるのですから。それも和洋折衷。洋は洋、和は和じゃないんです。全部「一緒」に演奏するんです。
まずテーマを決めるのが大事でしたが、「映画音楽で世界一周しよう」に決めて、選曲は以外とあっさりと決めました。あとは昼夜徹夜で30段の五線紙と格闘です。スコアからパート譜の作成は各部にお願いしました。練習も、全員集められるような場所はなかったので、いくつかのペアを作ってやりました。あとは本番前のゲネプロで調整。岩手県民会館(素敵な会館です)のオケピットも上げ、全員配置につけてやりました。
結果はどうでしたね。アンケートによると賛否両論でした。でも、楽しかったのは事実です。

つち混の皆様、これからもよろしくお願い致します。
 
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